2015 1月 04日

幸せの種

先日、あるテレビ番組で現役引退?した芸能界ふたりの男性の対談を耳にした。
双方共に80歳少し前だろうか。

歌手として、芸人として生きてきたふたり。

芸人として生きてきた男性の言葉が心に残った。

俺はこの仕事が好きだからやってきたわけではない。
だけど、この仕事が嫌だからとずっと思って仕事をし続けることは、もっと辛い事だ。
ならば、嫌な仕事をどうしたら面白くなるか?いつもそれを考えてやっているうちに、嫌いな仕事も面白さを自分で見いだせるようになっちゃった。と・・・
嫌な仕事だからこそ、見えてくるものが必ずあると・・・・

だから、今日まで続けられてきた自分があったのだと語っていた。

 

共感できる言葉だった。

 

自分も大嫌いだった「酪農」という職業。
入ってしまった以上、離婚という以外に抜けられない状況。

嫌いな職業に向き合うとき 私も同じ事を考えた。
どうしたら酪農が面白くなるのか?
どうしたら楽しくやれる気持ちになれるのか?  考えた。

牛のノウハウなんて、畜産大学を出ていたにもかかわらず、全く覚えていやしない。(コレ、ホント)
ノウハウを覚えてから酪農の面白さを感じるまでなんて、私にとっては気の遠くなるような事だった。

仔牛1798

 

ならばと思い。 たどり着いたのが、環境整備だった。
綺麗な牛舎と牛舎周り、毎日牛舎に行くのが楽しみになるぐらい、一日中牛舎にいても居心地の良い環境作りをとひたすらに目指した。

 

そこから、私の酪農に対する「嫌い」というイメージはいつの間にか消えていた。

 

でも 今でも「酪農は嫌い」という根底はいつもある。
いつもあるから、自分なりの楽しさや面白さを求めている。
こっそり、人のやらない事・・・をちょこっとやってみる。等々・・・

そんな積み重ねで、今の自分がある。

 

ある意味 嫌いな職業に飛び込んで、新たに開けた自分があるのかもしれない。

そう思うと、楽しい人生だと思う。

嫌な事に背を向けてばかりいても、新しい事には巡り会えない。
でも、面白い事に貪欲に向かっていく姿勢は正しいと思う。
ただ、いつも面白い事、楽しい事ないかなぁ~と脳天気に構えていても何も起こらないのは確か。
他人頼みの人生はつまらない。

 

この対談を聞いて 改めて 趣味としてでは無く、生活を守るための「職業」に向かう姿勢のあり方に背筋を伸ばす気持ちになれた。

 

対談の男性にどうして、舞台を降りる決意をしたのか?を尋ねられていた。

「自分の中で持っている最高だという笑いが観客席から得られなくなったから、ここがオレの幕の引き時だと、感じた」と言っていた。

「自分の中で頂点を極めたら すぐに降りる事です。
何でも登るまでが苦しくても楽しいのです。山の頂上に登って そこが素晴らしいからといって何日も何ヶ月もそこで暮らす人はいないでしょ? 急いで下山したら、また次の山を登ることを考えればいい」と・・・

 

何だか納得しちゃいました。

 

酪農業はそれとはちょっと違う気もするけれど、でも ひとの生き様として必要なことかもしれませんね。

 

新年始め、良い対談に巡り会いました。

 

面倒くさいと思う事、対人関係と嫌なことはたくさんあります。
そんな嫌な事の中に「幸せの種」が埋まっているのかもしれませんね。