2018 9月 21日

トーチカ

帯広から帰路につく前に、友人からの案内を思い出して、帯広市民ギャラリーで開催されている作品展に足を運んだ。

「表現の自由 ~戦跡とアートの融合・トーチカの記憶~ 」

これは、建築・書道・写真・現代アート・俳句・郷土史のコラボ作品展という、ちょっと想像するにも私の頭では無理で、一体どんな作品展なんだろうと興味が湧いた。

この作品展のテーマは「トーチカ」
「トーチカ」ってご存知でしょうか?
ロシア語で「点」という意味で、機関銃や砲などを備えた、コンクリート製の堅固な小型防御陣地のこと。


お城の城壁に敵の侵入を防ぐために、銃や矢を放つ窓が設けられている「狭間」と同じ役割ですね。

このトーチカが北海道の太平洋沿岸の十勝から釧路にかけて多く点在する。主に十勝は30ほどのトーチカがあり、太平洋戦争の末期、敗戦も色濃くなって来た頃、アメリカ軍の北海道上陸を阻止するために作られたもの。
しかし、間もなく終戦を迎え、結局はそのトーチカは一度も使われることなく、戦争の遺物として70年以上の歳月が流れ、侵食、砂に埋もれ、朽ち果てながらも今もその姿を残している。

会場の中央には段ボールで作られた原寸大のトーチカ(建築)があり、実際に中に入れる様になっていたので、勿論入ってみて体験してきた。

実際問題、分厚いコンクリート製とはいえ、この小さな陣地ではわずかに4~5人程しか中で待機が出来ないので、もしもアメリカ軍の上陸があったとしたら、とても阻止できるようなものではないと感じた。

このトーチカを俳句で読んだ、十勝で働く獣医師「安田豆作」さん。ブログ「北の(来たの?)獣医師」で有名な方。
俳句の作者が安田豆作とあってビックリした私。

この詠んだ俳句や郷土史を書道家や現代アート作者が表現しているのです。


こういう事だったんだと、感心しきりの私だった。

私は十勝出身ですが、このトーチカがあったことは知らなかった。(沿岸に行くことがなかったので)
改めて十勝のトーチカ郷土史を読み、本土を守るための危機管理を施していたことに感謝と、それが使われずに済んだことに安堵した。
もしも、戦争が長引いたのなら、沖縄の様に米軍基地と化していたかも知れない。そうなれば北海道の歴史も大きく変わっていたに違いない。
今の北海道があることに幸せを感じた事実だった。


どこの国よりも平和な国でありたい日本。

戦争を知らない自分だけれど、戦争の歴史に触れるたびに再び同じ悲劇を繰り返さないという確たる信念を貫く国であって欲しいと願う。

天使たちの瞳を曇らせてはいけない。